こんにちは、月城です。
今回は、ほんの少しだけ同じお店で過ごし、その短い期間で、絶対に関わり合いになりたくないと思ったキャバ嬢「陽菜(ひな)さん」の話です。なぜ関わり合いになりたくなかったかというと、彼女は常にバッグにナイフを入れているちょっと危ない嬢だったからです。
危険なキャバ嬢
陽菜さんはいつもかばんに果物ナイフをいれていました。
そして、そのナイフを待機場所で時折取り出しては、触っていました。最初はあまりの異様な光景に凍りつきましたが、何度か陽菜さんと同じシフトで過ごすと、それが陽菜さんの癖のようなものだとわかるようになりました。
ナイフやカッターを持ち歩く場合、少なくとも私の経験では、リストカットなどの跡がある人が多かったのですが、陽菜さんにはその形跡はありませんでした。だから私は、陽菜さんがなぜナイフを持ち歩き、かつそれを見せびらかすようにしているのか、ずっと疑問だったのです。
意外な言葉
ある平日お客さんも、本指名しかおらずVIPルームも使用されており、更衣室で陽菜さんと待機している時がありました。
このお店の待機場所は一応更衣室でしたが狭かったため、よくVIPルームを使っていました
その時、待機室には私と陽菜さんの二人でけ。私はお客さんが来るまで休憩だなっと、のんびりした気分で待機していました。しかしふと、何気なく陽菜さんのほうを見た次の瞬間、私は自分の目を疑いました。あろうことか陽菜さんは、この密室にふたっりきりの空間で、いつものナイフを取り出し、触り始めたのです。
たとえるなら、満員電車のぎゅうぎゅうの座席の隣で、ナイフを取り出すような感じです。
見慣れた光景とはいえ、二人っきり、しかもいつもよりかなり狭い場所でのその行為に、私は恐怖を感じました。
お互い何もしゃべらず、ただ陽菜さんのナイフをさする微かな音だけが、室内に響いていました。そしてあまりの異様な空気に耐えられなくなった私が口を開きかけたとき、陽菜さんからぽつりと一言だけ。
「あんた達に使うつもりのナイフじゃないから、安心しな。」
といったのです。それまで挨拶以外ほとんどしゃべったことのない、陽菜さんからの突然の発言に私はただ、首をぶんぶん振ってうなずくことしかできませんでした。
突然の退店
そしてそんなことがあった数か月後、陽菜さんは雅ちゃんを執拗にホストへ誘い始めました。私もこの時ついでのように誘われましたが、ナイフ密室事件から陽菜さんを全力で警戒していたため、私が陽菜さんとホストに行くことはありませんでした。
雅ちゃん・・・以前の記事でこの誘いをきっかけに、ホストに3000万使ってしまった嬢。詳しくは下の記事で!
そして、雅ちゃんを無理やりホストに数回連れて行った後、陽菜さんは突然お店を飛んでしまいました。
お店を飛ぶ・・・退店の意志を伝えずに、突然辞めること。キャバクラでは日常茶飯事でした。
店の嬢は陽菜さんに怯えている子が多かったため、嬢が一人飛んだにもかかわらず、周囲には安堵の空気が流れていたのをよく覚えています。そしてお店側も陽菜さんを地雷嬢とみなしており、特に驚いた様子もありませんでした。
地雷嬢・・・勤務態度、接客など何かしら致命的欠陥があり、店側も手を焼いている嬢のこと。
平穏な日々
それからしばらくは、平穏な日常が続きました。
しかしそんなある日、普段はあまりしゃべらない嬢が、面白い話があると目をランランとさせて話しかけてきたのです。話を聞いてのみると、以前に辞めた陽菜さんを昨日見かけた。というものでした。
それも、本番ありも噂される、案内所でも斡旋していない風俗店のあるビルの前で。
本番・・・本当にエッチしてしまうこと。これは風営法で禁止されています。
案内所・・・夜のお店の中には、ぼったくりなどのお店もあるため、それを避けるために優良店だけを紹介するところ。基本的に違反店を紹介すると自分たちの評判も下がり、警察にも目をつけられることから、ここを通せばそこまで変なお店にあたることはありません。
私たちが働いていたところは、その街の歓楽街が一手に集まるところだったため、水商売や風俗を辞めていない限り、その地区で働くしか選択肢はありませんでした。そのため、辞めた嬢を、○○で見た!などということはよくあることでした。
その時私は、怖いと思っていた先輩嬢の現状にあまり興味がありませんでした。今後陽菜さんに会うことはもうないと思っていたのです。
襲来
しかしそんな呑気な私とは裏腹に嵐は突然やってきました。
陽菜さんが飛んだはずの私たちのお店に、突然やってきたのです。
目的はお金でした。
陽菜さんには約半月分の給料の未払い分がありました。それは陽菜さんが突然辞めたために、本人に渡せていない給料でした。そして、その未払い分を取りに来た、と彼女は告げたのです。
しかしお店を飛んだ場合、シフトなどでお店側に多大な迷惑がかかるため、未払い分の給料は、罰金とみなし支払われないことがほとんどです。また水商売などは基本的に、給料は振り込みではなく、現金手渡しです。そのため飛んだ嬢などは、普通のメンタルだと、迷惑をかけたお店の店員に会うのに気が引けて、取りに来ない場合が多いのです。
しかし陽菜さんは、そんなことはお構いなしで、強硬な態度で給料を要求しに来たのです。
店側の対応
店も陽菜さんの行動に少し驚いてはいました。しかし店長は冷静に陽菜さんに、「給料は支払うこと。ただし無断欠勤などの罰金を差し引いた額になるので、今すぐ計算して渡すことは難しいこと。」を告げました。
かなり揉めることを想定していたのか、陽菜さんはかなり攻撃的な様子でしたが、店長から支払う意思があると告げられると、一転俯き「できるだけ早く欲しい」と呟くように言いました。
その言葉に店長は、「明日には用意できる。ただしほかの女の子たちが怖がるため、営業時間前に、店前の路上での引き渡しにする。」と静かに告げたのです。
その言葉を聞き、一度だけ頷き、くるりと踵を返した陽菜さんは、足早に店を後にしました。
そして私は、その日の営業終了後店長に、なぜあっさり給料を渡すのか?と尋ねてみました。すると冷静で冷淡な声でこんな言葉が返ってきたのです。
「人間は、こういう仕事をしていてもなかなか恥やプライドを捨てるのは難しい。陽菜は特にそういうタイプだった。それが恥も外聞もなく、金をたかりに来たってことは、相当追い詰められてるってことなんだよ。はした金でうちの奴らが危険にさらされるのは、あほらしいからな。」と。
私は その時初めて、陽菜さんがどんな状況にいるのか気が付いたのです。
陽菜さんの行方
お店への奇襲で、はじめて陽菜さんの置かれている危機的状況を冷静に見ることができ、ナイフをお守りのように持っていた陽菜さんへ、同情と少しの好奇心を持った私でしたが、その後私自身が陽菜さんと会うことはありませんでした。
そして、解けない謎として残っていたナイフの意味を、意外な人物から聞くことになったのです。
それは、陽菜さんに強引に誘われホストにはまってしまった雅ちゃんからでした。
雅ちゃんと陽菜さんは、同じホストクラブに通い詰めていたため、自然と陽菜さんのその後や、陽菜さんの持っていたナイフの意味を知ることになったのです。
初めは同じホストクラブでも、指名しているホストが被っていたわけでもなかったため、雅ちゃんもあまり気にしてはいなかった。と言っていました。
もともと陽菜さんが指名ていたホストはその店のナンバー2で、そのホストの一番の太客が陽菜さんだったのです。しかしある時を境に、そのホストは徐々に順位を下げていきました。そしてそれと時を同じくして、陽菜さんが店を訪れる回数も減っていったそうです。
そこで初めて、雅ちゃんは自分の指名しているホストの瑞樹に、陽菜さんのことを尋ねたのでした。
そして彼の口から、陽菜さんの驚愕の事実が告げられたのです。
ナイフの意味
陽菜さんが肌身離さず持っていたナイフは、何かあればそのナイフでホストと心中する、という陽菜さんの強い意志が込められていたのです。
陽菜さんは指名し続けているホストに、よく声を荒げながらよく
「私を裏切ったら、あんたと一緒に死んでやる。その時は、このナイフで道連れだ。裏切りは絶対に、絶対に許さない。」
と言っていたそうです。そしてこれは、同じ店のホストの間でも有名で、本当にいつか刺されるんじゃないか?と噂されていました。
陽菜さんがずっと望んでいたことは、彼との幸せな結婚でした。そして彼は陽菜さんに、このホストクラブを任される店長や幹部になったらホストを引退して、陽菜さんと結婚すると囁いていたのです。
だから陽菜さんは、身を粉にして働きながら彼の店に通っていたのです。
もともと彼と出会ったとき陽菜さんは、20代の普通のOLでした。しかしたまたま友人に誘われた行ったホストクラブで、彼と出会い、のめりこんでいってしまったのです。
そしてお金を工面するため、すぐ水商売の世界へ、そしてそれもうまくいかなくなると風俗へ、そして最後の違法店にたどり着きました。そのホストクラブでは、陽菜さんが違法店で働いていることも、有名な話だったそうです。
雅ちゃんは指名しているホストの瑞樹からこの話を聞いたとき、うすら寒いものが背筋を伝ったと言っていました。
そして徐々に減っていた陽菜さんの来店が、ある時を境にぷっつりとなくなったのです。
その後
あれだけ通い詰めていた店から、ぷっつりといなくなった陽菜さんでしたが、彼女は最後の意地を見せていました。
陽菜さんは膨らんでいたであろう売掛を、すべて支払った後姿を消したのです。
売掛・・・キャバクラは基本前払い制ですが、ホストクラブは後払い制度を利用しているところがまだ多く、後払い分を売掛と呼び、その店への借金という形になります。またこの売掛分を本人が支払えなかった場合、担当していたホストが代わりに、店に支払いを要求される場合があります。
彼と陽菜さんに何があったのかはわかりません。ただ雅ちゃんは、彼が怪我をして休むようなことはなかったと、言っていました。そして、彼はお店の寮から出ることもなく、陽菜ちゃんと一緒に暮らしていたり、関係が続いているとも考えにくいだろうとも言っていました。
陽菜さんの思いは、結局は報われませんでした。
しかし、彼が傷を負うようなこともありませんでした。
もうどうしているか、私には知るすべはありません。しかし私や雅ちゃんのように、どこかで静かに幸せに暮らしていてほしいと今でも思っています。
初めて多くのブックマークを頂いた、雅ちゃんの記事を書きながら、私は陽菜さんのことを思い出していました。そして救いはないかもしれないけど、雅ちゃんの話同様、この話をきちんとした形で残しておきたいと思いました。
そして、次またもし昔話を書くとしたら、ハッピーエンドの思い出にしたいなあ、とも思いました。夜の世界はこんな暗い話ばかりじゃなくて、いいこともあったんだよ!という意味を込めて。
こんな長い記事をここまで読んでくださり、ありがとうございました。
月城