受験失敗、就職失敗、借金、失恋、人生において絶望してしまう事は、誰にでも起こりえることです。そんな時、絶望してすべてを投げ出してしまう前に、あなたへ伝えたいことがあります。
絶望の先に待っているのは、決して悲しみや苦しみだけではありません。
押しつぶされそうなほどの、深い深い闇だとしてもそれが、永遠に解決しないと決まっているわけではありません。
ここでは人生に疲れ絶望してしまったあなたが、再び歩き出すヒントを少しでも多く集めました。
人生に打ちひしがれ、悲しみに暮れていても、そこから抜け出すのは、本当にささいなきっかけです。この記事があなたを絶望の淵から、ほんの少し引き戻すきっかけになることを願って。
【2019/3/16 大幅追記】
人生に絶望した時の対処法
羽目を外す
人生に絶望して、すべてを投げ出すくらいなら、思いっ切りはめを外して遊んでみましょう。
思いっ切り高いご飯を食べる。ずっと欲しかった洋服や鞄かってみる。会いたかった人に思い切って会ってみる。
今までやりたかったけど、自分にブレーキをかけていたことを、全力で行ってみてください。
この時楽しもうと思う必要はありません。ただ、やってみたかったことを淡々と行うだけでOKです。
はめを外して、再び思いっ切り笑えたらそれだけで成果は十分です。
もし笑顔を取り戻せなくても、自分でブレーキをかけていたことをが意外と簡単にできてしまう現実を知ることができると、人生そのものが少し違ってみえてきます。
人生に絶望した時こそ、以前思い描いていた楽しい事を思い出し、はめを外して元気を取り戻すきっかけを作ってみてください。
時の経過をまつ
人生に絶望してしまったら、とにかく時が過ぎるのを待ってみましょう。
絶望してしまうような事柄があっても、時間とともに癒えていく傷も確かに存在します。
受験に失敗し絶望してしまっても、失恋をしてしまっても、その時は死ぬほどつらく悲しくとも、時が流れるにつれて、その痛みは少しずつ変化していきます。
今はまだ時の流れによる痛みの変化に、気づけないかもしれません。ただ一日が過ぎるのを呆然と見つめているだけかもしれません。
それでも時は、みな平等に淡々と流れていることを少しだけ気にとめてみてください。
早めに専門医にかかることを検討する
どうしても一人で立ち直れない時、周りの手を借りることを恐れないでください。
人生に絶望したとしても、その時は全てが終わったと思っても。人の選択肢は無限に存在します。
全ての精神科医やカウンセラーが優秀なわけではありません。それでも、患者の事を考え、解決策を一緒に模索してくれる医師は必ず存在します。
そして今がどうしても辛いなら、一時的に気分を和らげてくれる投薬も絶望からあなたを救う一助になりえます。
ぜひ、誰かに手を伸ばすことを恐れずにいましょう。
好きなことにどっぷりと浸る
好きなことにとことん浸ってみましょう。
映画を好きなだけ鑑賞する、大好きなものを好きなだけ食べる、惰眠をむさぼる。
生きる活力を失っているなら、もう一度人生は楽しいこともたくさんあるという実感を持たなくてはいけません。
またもし何もやる気が起きないようなら、ツアーの旅行などに申し込んでみるのも一つの方法です。
旅は人に何かしらの変化をもたらします。旅先で感じた、いつもとは違う風景や、食事、寝床は、虚無感に包まれていた心をときほくしてくれるでしょう。
目的地を定める
人生に絶望している時、人は生きる大きな目的を失っています。そんな状態では、だれしも正しい方向に歩くことはできません。
それなら、人生に絶望している今、新しい目的地を定めてみましょう。
目的地は近場でも、はるか先でもかまいません。とにかく自分が目指したいか、そこに明るい何かを感じられるかで判断してみましょう。
また笑って家族でご飯をたべる、新しい恋人を作って幸せな結婚をする。
明確な目的地があれば、人はまた歩き続けることができます。
学校生活の中で人生に絶望した時は、リミットを数える
いじめ、成績不振、人間関係、学生生活の中で、絶望を感じる瞬間が訪れたら、とにかく『残された時間』に目を向けてください。
いじめられていたり、人間関係に苦痛を感じるなら、そもそも登校する日数をギリギリにして卒業することだけを考えます。自分のレベルに合わず、学校で落ちこぼれてしまっているなら、成績を上げることよりも『学校を卒業した後』のことを考えるのもいいでしょう。
学生の間は『学校は世界の全て』といっても過言ではありません。
しかし大人になれば、学生生活とは人生の中でほんのわずかな特殊な時間だったことに気づけます。学校が苦痛なら、絶望してしまうほどあなたに影響を与えているなら、心が死んでしまう前に、『あとこれだけで苦痛は終わる』という事を明確に意識してみてください。
恋で人生を絶望した時は自分と真逆の人を見る
たった一度の恋だった。この先もうこれ以上人を愛することができないと思うほど落ち込んでいるとしたら、ぜひあなたと対極にいる人のことを考えてみましょう。
恋を知らずに、愛を切り捨て、仕事に生きる人もいます。
愛と生活を天秤にかけ、安定した生活をとる人もいます。
一生実らない恋を、心に秘め続けている人もいます。
失恋の痛手はその人にしかわかりません。ただ、恋だけが愛だけが人生の全てではない事を、ぜひ心の片隅に置いておきましょう。
全ての人が、自分の愛おしい人と結ばれるわけではありません。失恋の涙を枯れるまで流したら、そんな当たり前の現実に目を向けてみてください。
これ以上好きになれる人はいなくても、その人以上に守ってあげたくなる人が現れるかもしれません。
人生は驚きと、変化の連続です。絶望した時ほど叫び嘆いた後は、しゃんと前を向いて歩いてください。
仕事で人生に絶望してしまった時は、自分の立ち位置を見返す
仕事で大きなを失敗して、自分の無力感や将来を悲観して人生を絶望してしまったら、ぜひ少し上を見るのをやめて、いつもより視線を下げてみましょう。
確かに僻地に左遷させられたり降格させられたなら、人生を絶望してしまうほど屈辱的なことでしょう。今まで頑張ってきたのに、これから先出世の目処が立たないなら、将来を悲観しても仕方がありません。
でも、もう一度よく考えてください。本当にあなたは、日本に約1億人いる人間の中で悲観するような立ち位置に立っているでしょうか?
あまり大きな声で言えなくても、あなたよりもっと大変なところで仕事をしている人はいないでしょうか?
仕事で人生に絶望してしまっている人は、追い詰められているため視野が狭まり、自分の周りだけしか見えなくなっています。絶望して心が悲鳴をあげているからこそ、今は少しだけ周りを見回し自分の本当の立ち位置を確認してください。
どうしても立ち直れない時の対処法
まず、自分の感情を認めてあげる
どんなに苦しい感情でも、まず自分でその感情を認めてあげましょう。
もしまだ涙を流していないなら、ぜひ思いっ切り泣いてみてください。人は泣くことで気持ちが落ち着き、癒される生き物です。
うまく泣けないようなら、泣ける音楽や小説などの力を少し借りて泣いてみてもいいでしょう。
思いっきり泣いて、泣いて、泣いた後は少しだけ気持ちがスッキリとし、前向きな気持ちになっていますよ!
今がどん底なら後の人生は楽だという事を知っておく
人生のどん底にいるという事は、あとは這い上がるだけです。
一度本当のどん底を経験していると、その後の人生はとても有意義になるということを知っておいてください。
人生の絶望を一度味わっていれば、その後のすべてのネガティブな事が『あの時にくらべたら、今はまだ本当の絶望ではない』と他の人には持つことのできない、達観した境地を持つことができます。
今はまだそんな風に感じられなくてもかまいません。ただいつかは、そうなれるかもしれないと知っておきましょう。
失敗した人を見る
もし人生に絶望して、死にたいという気持ちが強くなってしまったら、ぜひ死に損なった人のブログや記事を読んでみて下さい。
死とは残念ながら全てからの解放ではありません。そして失敗することもあり、するとより多くの絶望を抱え生きていくことになってしまいます。
絶望から立ち直るのは大変です。
また歩き出すのは、大きな勇気がいるでしょう。
だからこそ、同じ境遇で自分が辿るかもしれない道を先に歩いた『誰か』を見て『何か』を感じてください。疲れた時、絶望した時、上を向いて歩くのは辛すぎます。
下を向いて『ああ、自分はまだ大丈夫』と思えるなら、それで十分まだあなたは歩いていけます。
私もあなたの踏み台になる一人です。ぜひどしどし踏んで、また歩きだすきっかけを掴んでください。
絶望から立ち直った実体験談
ここからは、ほんの少しだけ同じ絶望から立ち直った私の体験談を載せておきます。
こんな状態からでも、人はまた歩き出せるんだという、誰かの小さな勇気になれれば嬉しいです。
高校2年で受験ノイローゼになり、机に向かえなくなる、勉強すると吐いたり気分が悪くなる、高校3年の時には授業に出るだけで失神する。という状態になり、精神科の門をたたくことになった。
最初の医師は予約3時間待ちの人気精神科医だったが、そこに通っている間に病名はつかず症状だけが転がるように悪くなっていった。
そしてそこに通い始めて2年で日常生活がまともに営めなくなった。
昼夜問わず奇声をあげたり、幻聴や妄想とリアルの世界の判断がどんどん曖昧になり、そのころケアしていた家族も追い詰められていた。
ただ漠然と日々を過ごしているなかおかしくなり始めてから3年がたったある日、ふとした瞬間に目についたビルの4階からそのまま飛び降りた。
ただ死ぬことは結局できずに、その時の後遺症が現在も体に色濃く残る状態で今も私は生きている。
人生に一度絶望し命を投げ出した。二度目の絶望は後遺症が色濃く残った体で生きていくという現実だった。
大きな絶望を味わったから、今は普通の生活ができている。絶望するほどのことがないほうが、人生はありがたい。ただ絶望を味わっているから、その後の人生は私は少し楽になった。
この後も当然色々あった人生だったが「あの時に比べたら」と、単純に思う事が出来ている。
絶望の先は、苦痛だけとは限らない。そこから生まれるものもきっとある。今私はそう信じてい生きている。
まとめ
絶望した内容によっては、どうしようもないことも確かにあるとは思います。しかし、まだ挽回できるチャンスが0.1%でも残っているなら、充分挽回のチャンスはあります。
この記事が誰かの絶望した時の、ほんの少しの力やきかっけになることを願って。
月城
【2018/05/10 大幅追記】
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